肉じゃがの発祥

「肉じゃが」を巡って、我こそが発祥の地だ!と20年以上言い争っている2つの街。海軍ゆかりの街で続く「肉じゃが論争」の真相とは。

【ABC特集】舞鶴か?呉か?  海軍ゆかりの町の仁義なき「肉じゃが論争」ついに決着か
舞鶴市内の商店街ののぼり。「肉じゃが」がセンターを飾る。
「舞鶴が発祥の地!」
 京都府北部、海軍ゆかりの港町・舞鶴市。なぜ、この街が「肉じゃが発祥の地」といわれているのでしょうか?まずは市内を調査。かわいらしいキャラクターが描かれたのぼりを商店街で見つけました。そこには…

「カレーとカニを抑えて、これ真ん中は『肉じゃが』じゃないですか?」(ABC 山下康之記者)

街の人に話を聞いてみると。
「Q.舞鶴が肉じゃが発祥の地だと聞いたんですけど?」(山下記者)
「あぁ、はい。有名です。」(舞鶴市民)
「Q.本当なんですか?」
「そう聞いておりますが、地元民としては…。」(市民)
「Q.本当に肉じゃが発祥の地だと思ってますか?」
「うん、そうかなとは思ってるんですけど。」(市民)

【ABC特集】舞鶴か?呉か?  海軍ゆかりの町の仁義なき「肉じゃが論争」ついに決着か
舞鶴の「元祖肉じゃが」。にんじんとグリンピースが色を添える。
 どうやら、地元の人の間では「舞鶴が発祥の地」というのは、ほぼ当たり前になっている模様。では「発祥の地の肉じゃが」とは、一体どんな味なのか?舞鶴市内のカフェを訪れました。

「お待たせしました。『元祖・肉じゃが』です。」(「ベルカフェ」店長・竹内直子さん)
「うん、ホクホク…味がしみてますね。見た目も濃いし、味も少し濃いです。」(山下記者)
「Q.これ、『元祖肉じゃが』ですか?」(山下記者)
「東郷平八郎さんが留学されたときに、食べられたビーフシチューの味が忘れられなくて…。」(竹内さん)

【ABC特集】舞鶴か?呉か?  海軍ゆかりの町の仁義なき「肉じゃが論争」ついに決着か
「まいづる肉じゃがまつり実行委員会」伊庭節子会長(69)
「肉じゃが」のルーツ
 明治34年(1901年)、海軍鎮守府の長官として、舞鶴に赴任した東郷平八郎は、イギリス留学中に食べたビーフシチューを作るよう料理長に命令。しかし、当時は赤ワインやバターなど手に入らない調味料もあったため、料理長は、しょうゆと砂糖、ごま油を使って味付け。そうして出来上がったのが「肉じゃが」、というのが舞鶴では定説なんだそうです。

「今から23年前に、舞鶴の元海軍、今の海上自衛隊の図書館から『海軍時代の料理の教科書』が出てきたんです。」

こう話すのは、「まいづる肉じゃがまつり実行委員会」の会長・伊庭節子さん(69)。
1995年、舞鶴にある海上自衛隊第4術科学校の図書館に、海軍時代の肉じゃがのレシピが書かれた教科書があるのを知った伊庭さん。この1冊以外に、どこからも見つかっていないことから、『舞鶴が発祥の地』と高らかに宣言しました。

「本をよく調べてみると、『甘煮』という料理が、今で言う『肉じゃが』ということがわかったんです。」(伊庭さん)

これを元に伊庭さんが研究を重ね完成させたのが、舞鶴の「元祖肉じゃが」。レシピに書かれている通りの時間で作り、だしもみりんも使っていないのが大きな特徴です。「舞鶴こそが元祖!」伊庭さんが力を込めるのには、理由があります。実は発祥の地をめぐって、20年以上も論争を続けている相手が…

「広島の呉というところですけど、そこの町が私たちの取り組みを知って、その情報をいろいろ聞き出して、『うちのほうが早い』と21年前に言いかけて…決着がつかないんです。」(伊庭さん)

伊庭さんによりますと、舞鶴が宣言してから2年後に、広島県呉市が「我こそが発祥の地」と名乗りを挙げたというのです。

【ABC特集】舞鶴か?呉か?  海軍ゆかりの町の仁義なき「肉じゃが論争」ついに決着か
舞鶴のライバル・呉でも「東郷平八郎の肉じゃがエピソード」が。
舞鶴のライバル 呉では
 本当に呉は、舞鶴に“便乗”したのでしょうか?舞鶴と同じく、海軍にゆかりのある港町の広島県呉市。地元の人たちの「肉じゃが」に対する認識は…
「Q.呉が発祥の地なんですか?」
「そうだと思います。」(呉市民)
「らしいですね。きのうも肉じゃがして食べました。」(呉市民)

こちらも、当たり前のように「我が街が発祥の地」だと思っているようです。さらに聞いてみると…

「東郷さんがビーフシチューを作るのに…」(呉市民)

出ました、東郷平八郎!舞鶴と同じエピソードが、ここ呉からも。

【ABC特集】舞鶴か?呉か?  海軍ゆかりの町の仁義なき「肉じゃが論争」ついに決着か
呉の「肉じゃが」は大きなジャガイモが特徴
 では、呉の「肉じゃが」はどんな味なんでしょう?呉市内のホテルで作ってもらいました。

「おぉ、ジャガイモが大きい。少し薄味です、あっさり。」(山下記者)

舞鶴と比べて、呉の肉じゃがはジャガイモが大きく、にんじんとグリンピースが入っていません。見た目も味も、大きく違う呉と舞鶴の「肉じゃが」。取材班は、舞鶴の伊庭会長の“ライバル”に接触。ズバリ、聞きました。

【ABC特集】舞鶴か?呉か?  海軍ゆかりの町の仁義なき「肉じゃが論争」ついに決着か
呉側の広報部長・佐野勉さん。呉発祥地説は譲れない。
 「Q.呉が後から乗っかってきたと、舞鶴の伊庭さんが言っていましたが?」(山下記者)
「それはあちらの表現で、私は乗っかったのでははくて、『本来は私たち(呉)だから』というので、これはどうしてもPRしようと。たまたま時期が遅れただけかな、と思ってますね。」(「くれ肉じゃがの会」広報部長・佐野勉さん)

呉側は、「“東郷平八郎が最初に肉じゃがを作らせた”と言うなら、舞鶴より先に赴任していた呉が発祥の地だろう!」と主張。さらに、舞鶴側が根拠とするレシピが書かれた教科書についても…

「あれは教科書ですから。すべての艦船で教科書はあります。呉はすごい空襲を受けて、ほとんどの艦船が沈められた。大空襲があったから、たまたま残っていないんですよ、残念ながら。」(佐野さん)
「Q.呉が肉じゃが発祥の地、というのは間違いない?」(山下記者)
「もうこれは完璧に自信がありますね。」(佐野さん)

舞鶴側の主張に真っ向から反論。これに対し、舞鶴側は…

「Q.呉の佐野さんに伺うと、やっぱり呉が先だと?」
「またそんなあほなこと言うて…厚かましいですね(笑)。」(「まいづる肉じゃがまつり実行委員会」会長・伊庭節子さん)

「肉じゃが」が育む故郷への愛情
 こうした舌戦を全国各地のイベントで繰り広げ、はや21年。決着はいまだつかないまま。それもそのはず、研究家に話を聞いてみると…

「舞鶴にその教科書があったというか、元をたどると海軍の経理学校があった東京・築地で作った教科書なんです。どちらが発祥の地だとは言えませんが、海軍であることは間違いありません。」(海軍料理研究家・高森尚史さん)

研究家をもってしても、発祥の地は特定できず。しかし、そんなことで歩みを止める舞鶴・伊庭さんではありません。

「舞鶴が肉じゃがの発祥の地って聞かれたことはありますか?」(伊庭さん)
「はい。」(中学生たち)
「ありがとう!」(伊庭さん)

伊庭さんは去年から地元の中学校の調理実習で、「元祖肉じゃが」の作り方を教えています。

「おいしいです。」(女子生徒)
「すぐに自慢したくなりました。」(男子生徒)

さらに、サブカルチャーを愛してやまない若者たちが集まるイベントにも参加。次の世代に「元祖肉じゃが」を伝えていく活動に力を注いでいます。20年以上、先頭に立って「舞鶴こそが発祥の地」と叫び続けてきた伊庭さん。いつも支えとなっていたのは、本音を言い合える「ライバル・呉の存在」と「故郷を愛する思い」でした。

【ABC特集】舞鶴か?呉か?  海軍ゆかりの町の仁義なき「肉じゃが論争」ついに決着か
「発祥の地」論争に決着はつかずとも、両者ともに味は絶品。
「舞鶴のいいところをいっぱい見つけて、それを次の世代に伝えていく。それがその時々に生きている市民の役割だと思っています。だから、私はこの肉じゃがを広める。」(伊庭さん)
「Q.もしかしたら、『発祥の地』というのは関係ないかもしれないですね?」
(山下記者)
「でも、私は舞鶴が発祥の地だと思ってますよ!」(伊庭さん)