Comment by DrTralfamador541※日本語に翻訳してしまうと分かりにくくなる箇所があるのでそこは原文のまま表記しています。
古代ギリシャ語には青色を指す単語が存在しなかった。
他の文化的、言語学的に興味深い事例ってある?
古代ギリシャの文章に青色が欠けていたということについての説明がこちら
https://www.quora.com/Is-it-true-that-the-ancient-Greeks-could-not-see-blue
この人物が言う所によるとギリシャ人が青色を「見ていなかった」という確たる証拠は無くて、我々とは違った色彩パターンを使っていたことや青色は人工的に生み出すには最も難しい色だって事を言ってる。
それに他の古代文化圏でも青色を指す用語が存在していない。
自分がどこに住んで居ようと一年中人間の上に存在している空では青色がはっきりしているってことを考えるとどうもよく分からないけど。
他に一見客観的な概念のようではあるけど実は言語的、文化的に依存したもので人間の主観に依存する概念ってなに?
reddit.com/r/history/comments/87uaqd/the_ancient_greeks_had_no_word_to_describe_the/
Comment by CinnamonThief 2364 ポイント
ここスウェーデンじゃうちの母親は自分が若い頃「オレンジ(orange)」って単語を使ったことがなかったって。
その代わり母親の一家は「brandgul(fire yellow)」を使ってったって。
母親によれば自分がいつから「オレンジ」を使い始めたかとか当時他の人が使ってたかを思い出せないって。
Comment by candocaz 975 ポイント
↑英語にも昔からオレンジって色を指す単語があったわけじゃないよ。
だからこそオレンジ色のものを赤色で表現するものが多いんだろう。
「red deer」とか「red robin」、「red squirrel」、「red hair」とか。
Comment by 23skiddsy 3 ポイント
↑一応指摘しておくとアメリカのコマドリ(robins)はヨーロッパのコマドリよりも赤みが強い。まあ全然関係ない鳥なんだけど。
Comment by logicalsilly 1 ポイント
↑オレンジって色の名前は果実のオレンジから取られた名称。
オレンジは元々は「Narangi」って呼ばれていてインドの単語だった。
それが短縮されて「Naranja」になってそれが段々と「Orange」になった。
Comment by TheBatmaaan 6 ポイント
↑俺は「fire yellow」の方がずっと好きだわ。
Comment by jcass751 14 ポイント
↑オレンジって色の中でも比較的新しい単語じゃなかったっけ。
Comment by InTheMotherland 6 ポイント
↑面白いな。ウクライナ語でも一部の方言ではオレンジを指して「hot yellow」って意味の単語を使ってる。
大半の人は直訳したらオレンジになる言葉を使ってるだけだけどね。
Comment by JoeJonTheBlackBlond 3 ポイント
何故自然の中で青色が珍しいのかってことについての素晴らしい動画がこちら。

https://www.youtube.com/watch?v=3g246c6Bv58
Comment by negativeconvexity 35 ポイント
英語に基礎的な味である「umami」に相当する単語が存在しないことなんかは?
アジア諸国出身の人間からするとこれは当然のことなんだけど(第三者からすれば)驚いたことにネイティブの英語話者はチキンの骨のスープがどう「美味(savory/delicious)」であるかを説明するのに難渋する。
スナックバーの味を説明しようする時に「甘い」って言葉が使えないことを想像してみなよ。
Comment by AskewPropane 4 ポイント
↑アジアでも「umami」は割と最近の言葉だよ。
Comment by entenkin 35 ポイント
↑君が何を言いたいのか理解できないな。「savory」じゃ何故ダメなんだ?
それに自分が間違っていなければ「umami」という言葉は「umai(美味しい)」と「mi(味)」からきてるだろう。
だから「umami」が「美味しい味」というフレーズに由来するものであるにも関わらず英語じゃ「美味しい」としか言えないから「umami」に相当する言葉が存在しないって言うのは皮肉的だと思うが。
Comment by bikesarebomb 4 ポイント
朝鮮語には緑だけを意味する単語がなかった。これは青色の一部だった。
Comment by Ouijee 6000 ポイント
古代ギリシャ人は色合いというよりもむしろそれが明るいか暗いかによって色を分類してた。
ギリシャ語の単語でダークブルーを意味する「kyaneos」は他にもダークグリーンやすみれ色、黒、茶色も意味してた。
古代ギリシャ語の単語でライトブルーを意味する「glaukos」は他にもライトグリーンや灰色、黄色を意味してた。
Comment by TheMegaZord 1209 ポイント
↑オデュッセイアかイーリアスのどっちかは忘れたけどそこでは海が「wine dark」って表現されてた。
Comment by yimyames 258 ポイント
↑エミリー・ウィルソン訳の「オデュッセイア」(最近では最も出回ってる訳)では、序文で100ページほどどう自分が翻訳したかについての記述があるけどそこで「wine-dark」の訳についても詳細が載ってる。読むに値するよ。
Comment by Orisi 131 ポイント
↑確かオデュッセイアでも非常に明るい日の空の事を「bronze」と表現してた。磨かれた青銅のような眩しさって感じで。
Comment by japekai 13 ポイント
中国にいた時何かを表現する時に茶色という単語を使っていないことに驚いた。
中国人はそういう時は「yellow(黄 huang)」を使うし、より明確にする必要がある時にはコーヒー色って呼んでる。
これがギリシャでもそうなのかってことは分からないけど、言語による色の数についいての言語学的理論があってそれについての簡単な説明はVoxがしてる。

https://youtu.be/gMqZR3pqMjg
Comment by GuessImStuckWithThis 5 ポイント
↑それは違う。茶色を指す単語は「棕色」
Comment by 440_Hz 2 ポイント
↑中国と台湾で違うかどうかは知らないけど台湾の中国語ではうちらは茶色を指して「コーヒー色」とよく言ってる。
茶色を指す言葉が英語でのそれとは違うってことには気付けなかった。
Comment by RageStreak 4795 ポイント
チベット語学習プログラムでネパールに行ってチベット人の家族と一緒に過ごしたことがある。
彼らは「thank you」を指す言葉を持ってなかったけど信じられないくらい親切にもてなしてくれた。
彼らのフレーズで最も「thank you」に近いものを翻訳すると「貴方の絶大なる親切に対して感謝の意を示します」だからバターを取ってもらった時なんかに言うには過剰表現すぎる。
仏教社会では善行が重要という枠組みを中心としているから自分が何か善行をした場合はそれを受け取ってくれた人に対して世界により多く善を増やす機会を作ってくれたことに感謝すべきって感じになる。
少なくともホスト先の父親は、僕がコップの水を受け取るたびに「貴方の絶大なる親切に対して感謝の意を示します」って言っていたときにこう言っていた。
Comment by WatFeelingsDoYouHave 729 ポイント
↑うちのインドの家庭でもそれ同じ。
学校で「thank you」の事を学んだから祖母の家に行ったときに料理を作ってくれた祖母にありがとうと言ったんだけど、祖母は僕を優しく叩いて(痛い叩き方じゃないよ)僕に料理を作るのは当たり前のことなんだから馬鹿な事を言うんじゃないって言った。
うちらの伝統だと「礼儀正しい振舞い」ってのは親密な関係を断絶させるようなものとして見られるんだよ。
好意によって隣人に何かをするのではなく、自分が社会/家庭の構成員だから何かをするって考え。
Comment by GlasgowWalker 18 ポイント
↑それ中国と似てる。自分の経験(現在中国に住んでる)によればレストランでウェイターにありがとうと言うのは奇妙なことだと考えられてる。これにはどうも慣れない。
この習慣が同じように仏教をルーツにしているものかどうかは分からないけど。
それにチップもしない。イタリアでもこれはそうで(また僕の経験からの話になるけど)チップは無礼なものだと考えられてる。
イタリアで言われたことなんだけど、大半のレストランは家族経営で「もうずっと長いことやってきてるからあなたの小銭は必要ありません」って感じなんだって。
中国でも似てるとは思うけどここでチップをしないはっきりした理由は分からない。
Comment by disegno_male 2 ポイント
↑別にイタリアではチップは無礼なものだとは思われてないよ。
僕はイタリア人だけどそんなの聞いたこともない。
Comment by Kraslev 27 ポイント
↑ここ日本じゃチップを渡すことは「お前給料充分もらってないようだから俺の小銭やるよ」って言っているようなもの。
Comment by tbellthrowaway 77 ポイント
↑面白いな。だってアメリカ合衆国でうちらがチップを渡す理由は「お前給料充分もらってないようだから俺の小銭やるよ」だから。
Comment by Feverishcs 3 ポイント
タイ語の語彙はなかなか興味深い。
このスレの趣旨に沿っているかどうか不明だけど、タイ語では電気を指す単語を文字通り翻訳すると「青い炎」だし、電車を直訳すると「炎の車(理由は石炭とか)」になる。
Comment by Ohanaette 5 ポイント
ルワンダ語には「please」が存在しない。
「please」に相当する言葉を使うことは無礼なことだと考えられてる。
「これをしてもらえますか?(Could you please do this)」とは言ったりしない。何故かというとそれに相当する言葉を言うことは「頼むからこれをさっさとしてくれない?」って意味になるから。
言葉を飾らずに自分がしてほしいことを直接伝えるってことに慣れないといけなかった。
あと「excuse me」に相当する言葉は直訳すると「聞け!」になる。
慣れるのに時間かかるよ。いつも自分が無礼な人間って感じがする。
Comment by GuessImStuckWithThis 706 ポイント
中国語での「プロパガンダ」って単語は他にも「広報、宣伝」といった意味がある。
そこには英語のような否定的な意味が存在しないから中国人に英語の「プロパガンダ」にはどういう意味があるのか説明するのは難しい。
Comment by GodEmperorNixon 341 ポイント
↑プロパガンダはそもそもそういう意味だったんだよ。
中立的で単に「知らせる」程度の意味しかなかった。プロパガンダは文字通りの意味だと「知らせるべきもの」って意味だったから。
カトリック教会の布教聖省がその名称として用いたのが初めて。
プロパガンダ省を特に何でもない名称として用いていた国は沢山ある。
例えばアイルランドなんかは広報省に名称を変更するまではプロパガンダ省(広報業務を中心)だった。
Comment by Champion_of_Nopewall 9 ポイント
↑ポルトガル語では広告やコマーシャルのことをプロパガンダと呼んでる。
だからこの件では中国人に共感できる(カップヌードルの広告は邪悪だから民主的な社会には存在するべきじゃないって!?)
英語におけるプロパガンダくらい否定的なニュアンスのある単語がポルトガル語にもあるかちょっと分からない。
最初にプロパガンダと言う言葉を用いたのは、1622年に設置されたカトリック教会の布教聖省 (Congregatio de Propaganda Fide、現在の福音宣教省) の名称である。ラテン語の propagare(繁殖させる、種をまく)に由来する。
プロパガンダ
Comment by random_dystopia 3 ポイント
「Ti amo」と「Ti voglio bene」(イタリア語)
どっちも「I love you」という意味ではあるんだけど、この違いを英語がネイティブの人に説明するのは毎回骨が折れる。
基本的には「Ti amo」は恋人間で使われるものであって、「Ti voglio bene」は家族や友人の間で使われる。
例えば「Ti voglio bene ma non ti amo」は直訳すると「あなたを愛しているけど愛していない」って意味になるけど実際は「あなたのことは友人として愛してるけど伴侶にはしたくない」って意味。
もしも友人から「Ti voglio bene」と言われたら僕は笑ってハグをするけど、「Ti amo」と言われたら皮肉を言われてるのか愛を告白しているのかと訝しむ。
親が子供に対して「Ti amo」ということ(逆もまた然り)はかなり変だしゾッとする。
けど「I genitori amano i figli(親は自分の子供を愛している)」は全く普通のことに聞こえる。
「I genitori vogliono bene ai figli(上と同じ意味)」はより優しく、感情の強さが薄れてるように聞こえる(それでも愛がこもっていることには変わりない)
基本的に「Amare」は「Volere bene」よりも込められている感情が強いと認識されてるんだけど、ネイティブには明白な数多くのニュアンスがあって、これは外国人には分からない。
Comment by Unabridgedtaco 8 ポイント
研究によればアマゾンの部族は時間を意味する単語がないだけではなくて抽象的な時間という概念も存在しないことが最近分かったらしい。
http://www.bbc.com/news/science-environment-13452711
Comment by bad_at_formatting 143 ポイント
ウルドゥ語/ヒンドゥー語では明日と昨日を指す単語は同じ(kal)なんだけど、明後日もしくは一昨日は独自の単語がある。
この言語圏じゃない人に説明しようとするまでこの事に気が付かなかった。
Comment by TheRealDTrump 2 ポイント
↑つまりもっと直訳的に言えば「kal」は「今日から一日離れた日」ってことでそれが明日か昨日かを判断するには文脈によるってこと?
例えば「今日から一日離れた日に彼と会った」であれば昨日で、「今日から一日離れた日に彼と会う」だと明日って感じで。
Comment by bad_at_formatting 1 ポイント
↑そうそう!思うにこれは絶対的な用語というよりは相対的な用語だと思う。
Comment by ososcelestriangle 33 ポイント
アラビア語では氷や雪、雹とかいった凍える天候のことは「thelj」というたった一つの単語で表現される。
これは中東の天候を興味深く反映してるものだと思うよ。
Comment by Champion_of_Nopewall 15 ポイント
↑まあ砂漠に住んでたら液体や気体ではない水の状態はどれも同じようなもんだろうしな。
Comment by JaysUniqueSenseOfFun 12 ポイント
このスレに書き込まれたコメントはどれも「今日学んだこと板」でスレ立てされるべき。
Comment by sproopy 66 ポイント
ロシア語では手や足のみを指す単語がなくて、手足の全体を指す単語しかない。
例えば「нога」は足+脚だし、「рука」は手+腕。
文脈をみれば十分に理解できるように書いてあるから分からないことはないけど、足の指を指す単語がないのは毎回笑ってしまう。
そういう場合はロシア語だと「пальцы на ногах(脚についてる指)」。
ロシア人の友人にこれは変な感じがするって言ったらそいつは英語に足の指を意味する単語があるのは変な感じがするって言ってた。
Comment by kingmatt134 2 ポイント
スレの話題とは完全に合致するわけではないけど古代エジプトには死を意味する単語がなかった。
それは古代エジプト人は魂(カー)が生きていると考えていたから。
僕は専門家じゃないからもっと良い説明ができる人がいるかもしれないけど、死の準備にかなりの時間を費やす文化なのに死を意味する単語がないって言うのは変な感じがする。
Comment by splergel 2341 ポイント
古代スカンジナビア語には黒を指す独立した単語がなくて黒いものについて言う時は青を意味する単語を使ってた。
これは「bluetooth」って単語にも残っていて、これは青歯王に由来するものだけど彼の悪い歯は大半が黒だったからで青だったからではない。
Comment by VicFatale 858 ポイント
↑色黒のアフリカ人の事を「青い人」って呼んでると聞いたことがある。
Comment by IceK1ng 386 ポイント
↑そうだよ。アイスランドでは「blámaður(青い人)」
Comment by Zeugl 105 ポイント
↑僕が知る限りこれは正しくない。
古代スカンジナビア語には黒を指す単語は存在してた。「svartr」がそれ。
ただ、青は青色も黒色も意味してた。
ハールヴダン黒王(Hálfdan svarti)はその名称を「svartr á hár」であることによって得たものだけど、これは「黒い髪」って意味。
ハーラル1世ゴームソン "青歯王"(デンマーク語: Harald Blåtand、 ? – 986年?、ハラルド・ゴルムスソンとも)は、デンマークの王(在位:958年? – 985年?)。
ハーラルに「青歯(デンマーク語: Blåtand、英語: Bluetooth)」と渾名した最古の記録は、1140年ごろまでの間にラテン語で書かれた年代記『ロスキレ年代記 (Chronicon Roskildense) 』である。
イングランド語で "Thegn"(古ノルド語に転訛して "tan" となった)は「首領、族長」を意味し、デンマーク語: Blå(英語: blue)は「青い」「暗い、浅黒い」を意味するため、この渾名は実際のところ「浅黒い首領」を意味するものだとする説もある。
この他、イェリング墳墓群ロイヤル・イェリング・センターのセンター長ハンス・オーレ・マティーセン (Hans Ole Mathiesen) は、当時青色は高価な色であったため、ハーラルは青色の服を着ることで王の威厳を示していたと考え、「青い衣を着ていた」のが渾名の由来と推測している。
ハーラル1世 (デンマーク王)
Comment by TheDesertWalker 10 ポイント
アラビア語では母方か父方かで叔父を意味する単語が違ってる。これは叔母も同じ。
うちらアラブ人にとっては母方か父方かは全く違ったもので、母方は「أخوال」で父方は「أعمام」
それに多くのアラブ文化では母方か父方かで違っているとされる。
英語を勉強した時英語にはこの概念が存在しないってことに驚いた。
Comment by Evanort 3 ポイント
スペイン語だと「I'm hungry」を翻訳すると「estoy hambriento」になる。
これは厳密に言えば正しいんだけど感覚的には変だからスペイン人でこう言う人はいない(映画だと英語を直訳してるからそう言ってたりする)
その代わりうちらは「tengo hambre」と言ってる。これは翻訳すると「I have hunger」
スペイン語では全く普通なんだけど英語だとまるで自分が長い年月鎖に繋がれていて最近自由になり貪る為に新鮮な魂を求めている古代の悪魔であるかのような感じがする。
Comment by tomcat542 568 ポイント
ゼロという概念が生まれたことは極めて革命的だったってことはいつ考えても興味深いなって思う。
Comment by nobuo3317 6 ポイント
↑君はチャールズ・サイフェの「異端の数ゼロ――数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念」を読んだことある?
凄く面白いよ。

https://www.amazon.com/dp/0140296476/ref=cm_sw_r_cp_apa_uFfVAb277KQG5
この数字がすべてを狂わせる――。バビロニアに生まれ、以来、無を拒絶するアリストテレス哲学を転覆させ、神の存在を脅かすが故にキリスト教会を震撼させ、今日なおコンピュータ・システムに潜む時限爆弾として技術者をおののかせるゼロ。この数字がもたらす無と無限は、いかに人類の営みを揺さぶり続け、文明を琢磨したのか? 数学・物理学・天文学から宗教・哲学までを駆け巡る、一気読み必至の極上ポピュラー・サイエンス
Comment by brendon_fisch 2 ポイント
確かマジャール語(ハンガリー人)では彼/彼女が分離されていなくて単に「it」を使っていたはず。
だからそれが彼なのか彼女なのかは文脈の中で判断しないといけない。
Comment by BananaScoper 13 ポイント
だから「オデュッセイア」では海の色が青色と表現されるのではなくて「wine-dark」って表現されていたのか。
Comment by Parisduonce 3743 ポイント
アイルランド語には「yes」「no」に相当する単語がない。
現代でも会話の中で動詞によって肯定か否定かを表現してるのはアイルランド人が英語を使い始めた頃から残ってる言語的な名残。
"Are you hungry? " "I am"ってね。
これなんか素晴らしい例。

https://www.youtube.com/watch?v=hcepgXwWbjI
Comment by One_Left_Shoe 553 ポイント
↑新しいゲームができるな。「yes」「no」を使わずに「yes」「no」質問に回答しようって。面白そう。
Comment by onteria1 668 ポイント
↑これ法律家になるために必要な訓練。
ソースは法律家の俺。
Comment by RageStreak 673 ポイント
↑これチベット語でも一緒。動詞を使って肯定か否定を表現する。
「ご飯食べた?」って質問には「食べた」「食べてない」って回答する。
Comment by Zounds90 237 ポイント
↑ウェールズ語でもそう。
「I am」とか「there is」とか「I did」とか。
Comment by porgy_tirebiter 8 ポイント
↑日本語にも英語の「yes」「no」と全く同じ単語は存在しない。
他の言語でもそうなんじゃないかな。
日本語での「はい」や「いいえ」はあくまでも「貴方の言っていることはその通りです」「貴方の言っていることは違います」という意味であって英語の「yes」「no」による肯定的、否定的返答とは違ってる。
だから英語を学ぶ日本語話者は英語を話す時に疑問文や付加疑問文で質問されると「yes」と「no」のどっちで返答するべきか困惑することがよくある。
「You’re not going to the park today?(今日は公園に行ってない?)」って質問への回答は「 No (I’m not going to the park)」だけど日本語話者はこれに「はい」って答えたくなってしまう。何故なら公園に行っていないというのは正しいから。
これが「you’re not going to the park today, are you?」みたいな付加疑問文になると日本人はどう答えたら良いか全然分からなくなる。
関連記事
「英語の否定疑問文を否定しても肯定にならないのはなんで?」海外の反応
Comment by gollyandre 222 ポイント
親がフィリピン人なんだけどタガログ語には「彼」や「彼女」といった代名詞が存在しない。
だから親はよく彼と彼女を混同してる。これは知り合いのネイティブのフィリピン人の多くもそう。
男の子や女の子を指す単語が存在するのにそれを代名詞と結び付けなかったのはよく分からない。
Comment by maxtacos 7 ポイント
↑真面目にこれはありがたい。
英語を学んでるフィリピン人学生の文章の成績を付けてるんだけどキャラクターの分析の中で性別の代名詞に頓着してないんだよね。
いつも訂正してたんだけど全然改めなくって。
これでようやくその理由が分かったし、これからはより分かりやすく教えることができる!
Comment by CTRexPope 2 ポイント
一部のオーストラリアのアボリジニ集団は相対的な向き(左右、前後)を使わずに方位で言及する(君の北側にコップを渡す。とか)
Comment by James_Redshift 2 ポイント
古代ギリシャ語では哀れみを意味する「Splagna」は直訳すると「胃」だった。
ギリシャ人(他の文化圏でも)は愛と心臓を関連付けはしなかったから、キューピッド(エロス)の矢が貫くべきは胃だった。
ちなみに愛がハートの形で示されるのは15世紀になるまで登場しない。
Comment by pocketalprazolam 137 ポイント
スレ主の質問には答えられないけどBBCの番組で青色に焦点を当てたものがある。
タイトルは「A History of Art in Three Colours」で、YouTubeに動画が転がってる。
Comment by cryptobomb 1 ポイント
↑今見てきた。お勧めしてくれてサンキュー。
Comment by benjamankandy 2 ポイント
ドイツ語で一つあるわ。
ドイツ語が母国語の教師に教わったことだけどドイツ語の単語の「雨」には現在か過去かという要素が含まれてない。
「Es regnet」は「雨が降っている」という意味でもあるし「雨が降っていた」という意味でもあるからそれがどっちの意味で使われているかは文脈で判断しないといけない。
Comment by SovereignDS 2 ポイント
そうそう。日本語では最近まで「青」という単語が青色と緑色を意味してた。
Comment by sapeurpompier96 30 ポイント
「Purple Rain」ってタイトルの映画があったんだけどこれがアフリカの国(どの国かは思い出せない)で上映された時、その国の母国語には紫色を指す単語が存在しないから「赤みがかった青い雨」って意味のタイトルに翻訳された。
Comment by _ETER 10 ポイント
↑それだとアクション映画って感じがするな。
20世紀を代表するアーティスト・プリンスの人生とオーバーラップさせ、スターへの道を歩む若者の姿を描いた音楽映画。「ザ・レボリューション」を率いるキッドは、ロックスターを夢見る女性・アポロニアに心惹かれるが…。
Comment by Thunderwhelmed 2 ポイント
「ピダハン――「言語本能」を超える文化と世界観」って本(良い本だよ)にはアマゾンの部族(ピダハン)について書かれてるけど、そこには数字がない。彼らは「1」と「沢山」しか使ってない。
著者のピダハン研究を、認知科学者S・ピンカーは「パーティーに投げ込まれた爆弾」と評した。ピダハンはアマゾンの奥地に暮らす少数民族。400人を割るという彼らの文化が、チョムスキー以来の言語学のパラダイムである「言語本能」論を揺るがす論争を巻き起こしたという。本書はピダハンの言語とユニークな認知世界を描きだす科学ノンフィクション。それを30年がかりで調べた著者自身の奮闘ぶりも交え、ユーモアたっぷりに語られる。
驚きあり笑いありで読み進むうち、私たち自身に巣食う西欧的な普遍幻想が根底から崩れはじめる。とにかく驚きは言語だけではないのだ。ピダハンの文化には「右と左」や、数の概念、色の名前さえも存在しない。神も、創世神話もない。この文化が何百年にもわたって文明の影響に抵抗できた理由、そしてピダハンの生活と言語の特徴すべての源でもある、彼らの堅固な哲学とは……?
Comment by MountedCzarina 2 ポイント
英語だと雨が降っている場合は「it’s raining」と言うけど、古代ギリシャ語では天候に関する動詞は主体となる者が必要だったから「ゼウスの雨」みたいな感じで言ってた。
Comment by mwc11 75 ポイント
子供の頃教会で古代ヘブライ語には比較級や最上級の形容詞/副詞がなかったって言われたことを覚えてる。
だから比較級や最上級を表現するために古代ヘブライ人は二、三回形容詞を繰り返していた。
だから「神聖、神聖、神聖なのは我らが神」というのは「我らの神は最も神聖」と言ってるってこと。
Comment by Rusty_Shakalford 43 ポイント
↑中国語の場合は動詞がそう。
動詞を二回繰り返すことで言い方が「柔かく」なる。
例えば「これを食べて、食べて」はよく使われる言い回しだけど「これをちょっと食べてみない?」と言ってる感じ。
Comment by tleilaxianp 356 ポイント
カザフ語では「love」のような動詞がない。
だからうちらは「I love you」と言ったりせずに「I see you well」とか「I kiss you」と言ってる。
Comment by Idkawesome 24 ポイント
↑ネイティブの英語話者だけど正直言って「love」の定義が分からない。
類語では「care for(~を大事に思う)」の方がずっと明瞭だって気がする。
Comment by FriedBananas13 34 ポイント
↑高校で認識学の授業を履修していたけど教師は「love」を指す色々な単語が存在するべきだって言ってた。
一つはロマンティックな意味での「love」、一つは兄弟愛的な意味での「love」、一つは「I love pizza」みたいな感じのピザが大好きな意味での「love」
あと性的な意味での「love」も入れていたような気がするけどよく覚えてない。
Comment by tleilaxianp 8 ポイント
↑面白いのはロシア語には「care for」とか「care about」を意味する言葉がない。
「I think about」とか「I worry about」みたいな言い方をすることはできるけど、これでは同じような意味ではない。
Comment by Mrs-Peacock 1 ポイント
↑じゃあロシア人は「daycare」とか「caregiver(介護)」をどう表現するの?
Comment by tleilaxianp 3 ポイント
↑肉体的行動な意味での「taking care(面倒をみる)」を指す言葉なら存在するよ。「забота」がそれ。
僕が言ってるのは感情的な概念。「I am taking care of that person(その人のお世話をする)」という言い方をすることは可能ではあるけど「I care about that person(その人の事を気にかける)」っていうのは難しい。そこに含まれるニュアンスがなくなる。
