福岡空港 有事の際の「密命」

米軍専用」区域は国内唯一
 滑走路1本の空港としては航空機の発着回数が全国トップの福岡空港。その敷地内に「米軍基地」があるのをご存じだろうか。どういう経緯で、どんな役割を担っているのだろう。取材テーマを投票で決める特命取材班・特設サイトのアンケートでは、最も多い得票数を集めた。さっそく調べてみた。

国際線ターミナル南端にあるゲートの200メートルほど先。空港の敷地内でここだけ、不自然なほど高い樹木が生い茂る一画がある。まるで目隠し。その向こうが約2・3ヘクタールの「米軍基地」(米軍専用区域)だ。クリーム色の大きな倉庫と米軍専用駐機場がある。

 防衛省によると、日本の民間空港で米軍専用区域があるのは全国でここだけ。空港の滑走路と誘導路、一部駐機場の計48・6ヘクタールは日米共同使用区域に指定されており、空港の約14%が「米軍基地」となっている。

米軍機の飛来もトップ
 米軍機はどの程度飛来しているのか。国土交通省航空局の職員が「2017年は速報値で94回。国内の民間空港でトップ」と教えてくれた。前年より28回増え、過去10年で最多。日米の軍事的連携を強化した安全保障関連法(16年施行)の影響だろうか。

 基地の中はどうなっているのか。空港を管理する国土交通省福岡空港事務所は「把握していない」。記者が14年に許可を得て敷地内に入った際は、倉庫入り口に英語で「米空軍航空機動軍団 搭乗客ターミナル」と書かれた看板があった。航空機動軍団は、世界各地の米軍支援のため輸送機や空中給油機を運用しており、倉庫内に入ったことがある関係者は「外観は古びた倉庫だが、内部は最新設備がある」と証言する。

 在日米軍に基地の運用状況を問い合わせると「米軍施設は日米間での合意の下に維持されている。運用に関してはお答えできない」と事実上のゼロ回答。

 米国防総省幹部は取材に「職員3人が働いており、外交官や在日米軍関係者が移動する際のターミナルとして利用している」と施設の概略を明かした。

裏手にはかつての弾薬庫が
 空港の南東端にある福岡市埋蔵文化財センター月隈収蔵庫(博多区月隈1丁目)の裏手の山肌に、コンクリートの巨大な壁がある。かつての弾薬庫だ。

 市の許可を得て収蔵庫の敷地に入り、施設に近づいた。巨大な防空壕(ごう)のような遺構で、頑丈そうな鉄の扉が三つ。それぞれ英語で「危険 爆薬 50フィート(約15メートル)以内禁煙」と記されていた。ブロックなどで封じられ、ツタが絡まっている。中には入れない。

 土地の登記簿を確認すると、所有者は財務省。福岡財務支局の担当者は「終戦後、米軍に提供され、格納庫か弾薬庫として使われたと聞いている。かつては空港の滑走路から誘導路が延びていた」。活用計画は未定で「最近、内部に入った記録はない」という。

「有事には軍事作戦の拠点に」
 現在の福岡空港は、旧日本陸軍の偵察隊基地「席田(むしろだ)飛行場」として1945年5月に完成。前月に沖縄本島に上陸した米軍の偵察が目的だったが、わずか3カ月で終戦を迎えた。

 45年10月に米軍が接収し「板付飛行場」と改称。朝鮮戦争、ベトナム戦争の際には偵察や出撃の拠点となった。68年6月、米軍のファントム偵察機が九州大箱崎キャンパス(同市東区)に墜落。市民を挙げた基地撤去運動が湧き起こり、72年4月に大部分が返還されて「福岡空港」となった。

 福岡市などは、残る基地部分の返還も長年求めているが、米国防総省幹部は「朝鮮半島に近く、今後も基地能力を確保する。平時は商業空港として活用すべきだが、有事には作戦拠点として機能を拡大したい」と明かす。日米共同使用区域である滑走路や駐機場なども軍事作戦に使う構想があるという。

 アジアの玄関口ながら、今なお有事の“密命”を帯びる福岡空港。再び前線基地とならぬことを願う。